真田氏歴史館 真田氏歴史館は、戦いの足跡や武具甲冑など真田一族に関する資料が展示された資料館です。 戦国の激動の世を生き抜いた真田三代の足跡を辿り、真田三代の活躍に思いを馳せてみませんか。 |
真田氏館跡 真田氏が上田城を築城する以前の居館跡で、地元では「お屋敷」と呼ばれ親しまれています。現在は「御屋敷公園」として整備され、ツツジの名所として知られています。 |
真田氏本城跡 この城は真田山城、松尾新城、住連寺城、十林寺の城山などといわれますが、真田氏の本城にふさわしい規模や位置の城であることから真田氏本城跡と呼ばれています。 |
真田氏記念公園 真田の郷に入ってすぐ、国道144号線沿いにあります。『真田太平記』の著者でもある故・池波正太郎氏揮毫の「真田氏発祥の郷」の石碑や、幸隆、昌幸、幸村の真田三代レリーフなどが建っています。 |
長谷寺 真田幸隆が開山した真田氏の菩提寺。境内には幸隆夫妻と昌幸の墓があります。六文銭が刻まれた石門や、これを覆うように咲くシダレザクラも見どころです。 |
信綱寺 信綱寺(しんこうじ)は真田昌幸の2人の兄・信綱と昌輝、そして信綱の正室である北の菩提寺です。 信綱は真田幸隆の長男として生まれ、幸隆没後の天正二年(1574)に真田家の家督を継ぎましたが、翌年の天正三年(1575)に武田勝頼に従い三河長篠(愛知県新城市)に出陣。 有名な長篠・設楽ヶ原(ながしの・したらがはら)合戦で武田方として織田・徳川連合軍と戦います。 しかし信長軍の鉄砲による攻撃を受け、弟・昌輝と共に亡くなりました。 この時、信綱と昌輝の首級は家臣・白川勘解由兄弟が信州に持ち帰り、信綱寺の桜の下に葬られましたが、江戸時代の享保二年(1717)に信綱寺の移築にともない、墓所も現在の場所に移されたそうです。 |
山家神社 山家郷(真田郷)の産土神が祀られた歴史ある神社。四阿山の頂上に奥宮をおき、山岳崇拝・水分(みくまり)の神としても尊ばれています。真田一族のほか歴代の上田城主にあつく崇敬され、真田信綱・昌幸文書等は、社宝となっています。 |
ふれあいさなだ館 戦国武将の真田氏の館をイメージした純和風の建物で、瓦には六文銭をあしらっています。 温泉はアルカリ性単純温泉の効用もさることながら、気泡湯、うたせ湯など6種類の温泉浴法があり、また、温泉プールやトレーニングルームも併設し、本格的な体力づくりに利用できます。 さらに、ファミリーでくつろげる大広間や和室を備えカラオケも楽しめ、食堂、喫茶、売店など充実した施設です。 |
ゆきむら夢工房 ゆきむら夢工房は、真田エリアの観光拠点となっています。ここには、観光案内所のほか、そば打ちや味噌作りなどの体験施設、地元産の野菜や山菜、きのこを販売している農産物直売所・新鮮市真田があります。ほかにも真田地域を散策するのに便利な電動アシストサイクルの無料貸し出しを行っていますので、ぜひご利用下さい。 |
角間渓谷 烏帽子岳山麓の長さ4キロメートルにわたる大渓谷。奇岩、奇勝が多く、豪快な断崖絶壁に燃え立つような木々の紅葉は、県下有数の景勝の地としてさらに美しく彩っています。真田十勇士の一人、忍者「猿飛佐助」の修行の場とも言い伝えられており、切り立つ双璧に過酷な修練を想像することができます。 角間渓谷の奇岩、奇勝は「鬼の門」「天狗の欄干」「鬼ケ城」などと称され、古くから鬼が住まう谷として恐れられていました。 |